女将のダンナは「惣菜管理士」というあまり知られていない資格を持っている、 ただのサラリーマン。とにかく大の料理好き!・・で、このお店を間借りさせて あげることにしました。 名づけて「ダンナの居場所・・居酒屋のおやじを夢見て」。 これからも色々な素材を取り上げていきますのでお立ち寄りください。*この記事は1998~2005年に書かれています
「私は無類の蕎麦好き!」と思っている御仁は多い。旦那もその一人。 岡山、広島在住時代も、うどん文化の中で、うまい蕎麦探しに没頭した。 たまさかの東京出張では、まっすぐに蕎麦屋に直行したものだ。 朝一番の飛行機で移動して、「よし田」に暖簾がかかるまで、銀座をうろつくなんてことも多かった。 蕎麦切りを自分で打つのには何度も挑戦した。プロの指導も受けたし、 諸説を分析しながらうまい蕎麦の打ち方を解析したりもした。
しかし、本当にうまい蕎麦を食いたければ、うまい蕎麦屋に行って食べる、ことだという結論に行き着いた。 うまい蕎麦との最初の出会いは、「深大寺蕎麦」だったかもしれない。 子供の頃、家族と多摩にお墓参りに行く度に、深大寺へ寄っては鱈腹食べた。 業務用の営業時代は、蕎麦屋さんにもお伺いした。
厨房に入り、だしを引く寸胴を覗きながら、だし取りの工程を確認する。 まさに百店百様のやり方があるわけで、朝早くからの重労働。 どんなに材料を吟味し、手間を惜しまず、腕を磨いても、一杯の蕎麦の値段は高いところでもせいぜい2千円止まり。 そう考えると「蕎麦切り」作りにかかる付加価値、技術料はもっと高く評価されても良いかも知れない。 これからの心配は、ますます蕎麦屋さんが街から姿を消していくということ。
● ● ● ●蕎麦切りうまさの秘密 ● ● ● ●
蕎麦切りのうまさは、なんといっても、あの香気と喉ごしだ。 ぷーんと攻め来る独特の香り。腹が減ってなくても、条件反射で胃袋が隙間を作る、なんとも形容しがたい香りだ。 蕎麦の産地や季節、蕎麦粉の鮮度や細かさ、殻の入り具合や挽き方、つなぎの種類や比率等香りを決める要素は多い。 もちろん、つゆの持つ香りとの相性やコントラストも重要だ。 そして、喉ごし。うどんが噛んだときのテクスチャーを楽しむ料理なら、蕎麦切りは噛まずに呑み込んだ時の 喉ごしを愛でる料理だ。麺の番手・長さ、蕎麦粉の粗さ、茹で加減に締め加減、表面の温度や乾き具合によって決まる部分だ。
しかし、何より楽しいのは、食べ方のバラエティ。かけつゆにいろいろなトッピングを入れて良し。 シンプルな「もり」も薬味のバリエーションで、同じ蕎麦かな、と思うくらいの変化を楽しめる。 蕎麦の中に季節の香りや旬の素材を打ち込む変わり蕎麦など、変化を楽しむ食べ方の筆頭だ。 これからの季節は鴨だなあ。冷たい蕎麦を鴨と焼きネギのたっぷり入った温かいつゆにつけて食べる「鴨せいろ」。 こんなうまい組合せを考えた日本人の智慧に感謝、感謝。旦那の実家の年越蕎麦、近年では「てんぷら」より「鴨せいろ」に 人気が移っているようです。
● ● ● ●うまい蕎麦屋は? ● ● ● ●
うまい蕎麦屋、良い蕎麦屋とは,どんな蕎麦屋か?材料へのこだわり、腕の良さ、産地との距離、水の良さ、酒が飲める店等々。 しかし、本当にうまい蕎麦屋とは、人それぞれの記憶に残る店のことだと思う。 そこで交わされた会話、楽しかった時間が、蕎麦の香りとだしのにおいと共に、脳細胞に刻まれていく・・・。 旦那の家の近所の「満寿美屋」は、無名の何の変哲もない蕎麦屋だが、子供の頃、母親の仕事が忙しい時に、 よく出前で食べた店だ。蕎麦屋といえば、そこしか知らなかった時代が長い。今食べても、何故か懐かしく本当にうまいと思う。
学生時代に、当時柔道部の監督だった橋本先輩に連れて行って頂いた銀座「よし田」も好きな店の1つ。 鴨鍋のあまりのうまさに絶叫し、いったい何人前の鍋を平らげ、何本のお銚子を呑み、何枚の盛り蕎麦を食ったのかも覚えていない。 神田の「まつや」に行くと、先代の店主 小高先輩を思い出す。大学の柔道部の先輩で、温厚だが筋の通った先輩で 寄付を頂きに伺うとてんぷら蕎麦を振る舞ってくれるというので、部員には人気の先輩だった。 初めて出された「蕎麦湯」の飲み方がわからず、湯呑みに入れて飲んだ後輩もいた。
昼飯を食う時間もない程忙しい時代に助けられたのは立ち食いの「小諸そば」だった。 気がつけば一日3食すべて「小諸そば」で食事をしていた日もあった。蕎麦?にかじりついて、頑張った時代を今でも思い出す。
● ● ● ●自宅で食べるうまい蕎麦 ● ● ● ●
我が家では「そばの里」さんから取り寄せる乾麺が定番。腰の加減と長さが嬉しい。 生蕎麦を買うこともあるが、余程計画的に買い回らない限り、うまい蕎麦には巡り会えない。 保存の為のアルコール臭を嗅ぎながら蕎麦を茹でる羽目になる。 この点、乾麺は湿度等保存状態を心がければ、ほぼ一年中、同じ品質。我が家では100%「もり」蕎麦で「かけ」はやらない。 自宅で食べる蕎麦切りの楽しさは薬味にある。新潟あたりの辛み大根が手に入れば、蕎麦を茹でない法はない。 大根の絞り汁に蕎麦をつければ、もう極楽。「七味だけ」というのも乙なモノ。 ごまやクルミの変わり汁に挑戦するのも楽しいし、柚子や茗荷等、季節を感じるのも、いとをかし。
■■■ ・・家庭でもほんとにおいしい、蕎麦料理アレコレ・・ ■■■
蕎麦はビタミンPの宝庫。ルチンという微量栄養素に富む。 これは、血管の詰まりを防ぎ血圧を下げる働きもある。 しかし、ビタミンPは水溶性のビタミン。細い蕎麦切りにして、お湯で茹でれば、 この栄養素は大部分蕎麦湯の中に溶出する。それなら、蕎麦粉で食べるに限る。 蕎麦切りより、蕎麦がきの歴史の方が断然古い。やり始めると病みつきになること請け合い。 「寒い冬の熱い蕎麦かき」
鍋にお湯を沸かし、蕎麦粉を投入。加熱を止めて、4~5本の菜箸で徹底的にかき混ぜる。 ぷーんと、蕎麦の良い匂いに鼻孔を広げながら、鍋ごと食卓へ。 通常のつけ汁の3倍程度濃いつゆで食べるも良し。辛み大根を卸して生醤油でも良し。 ごまペーストを醤油で溶いたものも良し。 寒い夜には欠かせない、夜食でもあり、酒のつまみでもある。
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冷たい蕎麦がきもまたうまい。冷たいとろろ汁に浮かべて。 あれこれ具材をトッピングしながら、楽しく食べるのも良い。 実は・・冷たい蕎麦がきに、熱燗もまたうまい。 「蕎麦がきのすり流し汁」
蕎麦がきを作り、小さくちぎり、冷蔵庫で冷やす。 きのこ、青菜、鶏肉、鴨などの具もだし汁で煮て冷やす。 冷たい皿に、蕎麦がき、具を入れ、冷たいだしととろろを流しかける。
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蕎麦で作るクレープといえば、キャビアを思わせる。 でも、わいわい作って色々巻くのも楽しい。 じゃがいものシャキシャキ炒めや、鴨肉のロースト。 焼き鳥や茄子の油味噌などもおいしい。 手巻きが楽しい「蕎麦クレープの包み」
蕎麦粉に1~2割程度小麦粉を混ぜ水に溶く。 フライパンに薄く油をひき、広島風お好み焼きの要領で、 薄く丸く生地を広げながらクレープ状に焼く。 焼き加減はお好みで。焼き過ぎも香ばしくておいしい。 中の具もお好みで。今回は聖護院大根と薩摩揚げの炊き合わせを 中に入れて、大根のお汁がクレープに染み込みかけたところを 口に頬張りました。つぶあん等甘いものを入れると楽しいデザートに早変わり。
旦那の居場所、今回は「蕎麦(そば)」のおいしさについてでした。 蕎麦粉の料理を試作するに当たっては、「そばの里」さんの一番粉(石臼の1回挽き)を使わせて頂きました。 流石に粉が良いので、どの料理も味も香りも抜群でした。 4歳の娘もすっかり蕎麦がきのファンになったみたい。女将は、辛み大根と生醤油で 食べる蕎麦がきが、あまりにお酒に合うというので大層気に入った様子。 日本の旅の楽しみの一つは、行く先々で蕎麦を楽しむことにある。
太くて黒い田舎蕎麦、白くて繊細な更級系。噛み切れないやつ、短いやつ。 「わんこ」「出石」「瓦」「へぎ」・・・郷土の蕎麦の良さは味よりもまず、風土。 色は?太さは?固さは?つゆは?もう想像しながら未知の土地で蕎麦を食べる幸せといったら無常の喜び。 それにしても、ここはうまそうだなという「店構え」に出くわすと、さして腹が減ってなくても さっと「暖簾」をくぐってしまうというから、ホント蕎麦の魅力とは不思議なものです。
(2000年12月 copywright hiroharu motohashi)