旦那の居場所第22回 牛タン礼賛
女将のダンナは「惣菜管理士」というあまり知られていない資格を持っている、 ただのサラリーマン。とにかく大の料理好き!・・で、このお店を間借りさせて あげることにしました。 名づけて「ダンナの居場所・・居酒屋のおやじを夢見て」。 これからも色々な素材を取り上げていきますのでお立ち寄りください。*この記事は1998~2005年に書かれています
結婚前に女将と牧場に遊びに行ったことがある。大きな牛が近ずいて来て、 ペロリと女将の手を舐めた。その瞬間、思わず女将は「まあ、おいしそう。」と歓声を上げた。
● ● ● ● 牛タンのうまさの秘密 ● ● ● ●
牛は、内臓から尾っぽに至るまで、ほとんどすべて食べられる。 中でも、タンは至高の素材と言える。繊維が緻密で、うまさが凝縮。 堪えられない深い味わいがある。脂肪は多いがよく締まり、実に歯応えが良い。噛み締めると濃厚な肉の 風味がふわっと浮き立つ。先端は固く風味が単調だが、つけ根に行くほど霜降りになり、柔らかい。 断面をカットすると、CTスキャンの大脳の写真みたいな模様があって、赤っぽいところと白っぽいところの コントラストが食欲をそそる。中央の芯タンだけを口に放り込めば、極楽直行。
生のスライスをさっと焼いて、歯切れの良さを楽しむも良し。厚切りを煮込んで舌の上でとろけさせても良い。 皮だけを茹でて、酢醤油で食べるに至っては人生観を変える凄さがある 醤油との相性も良いし、濃厚なブラウン系のソースやバターにも合う。 むろん、塩味だけでステーキ、スモークしても、本来のうま味を楽しめる。
● ● ● ●タン塩騒動 ● ● ● ●
焼肉屋では、塩タンを食べる時がもっとも楽しい。発注からして迷ってしまう。 必ず、メニューには「タン塩」と「上タン塩」があるからだ。どのくらい品質に差があるのだろうか? 先端か根元の違いか、はたまた、国産か輸入の違いか、いやいや厚みが違うのか。 始めていく焼肉屋では、もう気になって気になって仕方がない。近頃はそれに加えて、「極上タン塩」やら 「ねぎタン塩」やら、更に選択肢が増えている。
運ばれて来ると、厚みをチェック。それから、レモンだ。小皿にレモンを絞り、鼻歌交じりに塩と一味でタレを拵える。 「焼く前のタンにレモンをかける派」や「焼いた後、野菜を巻いてレモンをかける派」もいるので、初めて網を囲む相手には嗜好を確認。 必要に応じて、レモンを追加しなければならない。
さあ、そして、いよいよ焼き。眼の前には、ビールとキムチだけだから、はやる心を抑えられない。 でも待って!網なり鉄板が充分温まっていることが大切だ。肉の表面が加熱で固まるまでの時間の 短かさが、ジューシーな美味さの源だからだ。しかも、反対側は殆ど焼かない。 今しかないというタイミングを見計らってレモンダレへ。このタレは決して、たっぷりつけるのではなく、粗熱を取る程度のつけ方が望ましい。 次の瞬間、幸福が口の中いっぱいに広がって・・・。ああ、本当に、うまいかな牛タン。
■■■家庭でもほんとにおいしい、牛タンアレコレ ■■■
日本のラーメンの中に入っている焼豚(チャーシュウ)は、本当は煮豚。 これと同じ製法で作る煮タンならぬ「焼タン(チャータン)」は抜群にうまい。
タンは1~2時間、丸ごと茹でる。(皮付きのものは茹でてから皮をむく) 茹で上げのアツアツをタレに漬ける。 タレ=醤油、酒、みりん、しょうが、にんにく、鷹の爪を加熱したもの。 タレには、好みで、甜麺醤、刻み豆鼓、柚子などを入れても良い。 昼に漬けて、時々ひっくり返せば、夜には食べ頃。ビニール袋の中で漬け、冷蔵庫に入れておけば、場所をとらない。
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厚切りのタンなら、ステーキだあ! でも、もっとラジカルに、固まりのまま、塩釜でくるみ、オーブンへ。 塩を割りながら、ワイワイ食べる、 へたなサーロインより100倍うまい「塩釜のローストタン」
掃除をした、タンの固まりを、玉子の白味で湿らせた塩でコーティング。 200度程度のオーブンで20~30分ロースト。 カチンカチンの塩釜を割り、タンは1~2cmに厚めにカット。 中は程よいピンク、マスタードやわさびを添えてもうまい。 かぶりつけば、タン独特のシャキッと歯が通る食感がGood。
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本当においしいタンシチューに出会った時の幸福は、ちょっと形容しがたいものがある。 ポイントは柔らかさの中にも、肉のうま味を残すことだ。 味が抜けきってしまっては、どんなに柔らかくても、もうタンシチューじゃない。 でも、時間もなければ、腕もない。なるべくはしょって、おいしいタンシチューを作りたい。 そこで考えた「手抜きのタンシチュー」
「手抜きのタンシチュー」 タンは2cm以上の厚さが欲しい。深めのフライパンで両面、焼色をつけ、うま味を封印。 そのフライパンで、たまねぎ、にんじんをよく炒め、水を入れて煮込み、市販のハヤシライスのルーを入れる。タンは、耐熱皿に入れ、蒸し器で蒸す。 30~50分蒸し(好みで)、耐熱皿にたまった肉汁ごと、別鍋のソースに合流。
ソースは、本来プロが気の遠くなる様な手間と時間をかけるが、オリジナルのものを作ってお楽しみ下さい。 発想のヒントは以下の通り。 肉に負けない深い味わいを作るものは、赤ワイン、白ワイン、バルサミコ酢、醤油、コンソメ等コクを受け持つものは、バター、生クリーム フレッシュな香りはトマト、きのこ類、 アクセントは香草、スパイス リエゾン(とろみつけ)には、小麦粉でしょうが、時間がないので、トロミなしでも良いでしょう。
もっと、はしょるなら、市販のビーフシチューのルーや粉末のデミソース。 (缶詰めのデミソース、ケチャップやウスターソースはあまり合うとは思えない。)当家では、子供がいるので、ハヤシライスのルーで作っちゃう。
タン料理に挑戦する場合は、できれば一本丸ごと買って来るのをお勧めしたい。 肉屋さんに頼む方法より、業務用食材を扱うC&C(キャッシュ&キャリー)がお手頃。 初心者は、表面の皮をきれいに取ってあるものを買うこと。解凍には半日はかかります。 まな板の上に投げ出した牛さんの舌を見ていると、どうして料理しようか、創造力を 刺激する何かを感じてしまいます。手馴れてくれば、皮付きの奴を仕入れるのもまた一興。 皮を、どうやって取り除こうか、 しばし、呆然とすることでしょう。知識もなければ、経験もない、腕もない。 そこが料理の面白いところといえましょう。 ステーキやシチューや焼タンになれなかった皮や先っぽを集めて、「もつ煮込み」の 要領でアクをとりながら、醤油と酒で煮込む。七味をかけながら食べてみる。 「う~ん、こいつの美味さはただ事ではないなあ」と思わず舌を巻いてしまうというから ホント、牛タンの魅力とは不思議なものです。
(2000年5月 copywright hiroharu motohashi)