旦那の居場所第21回 若布礼賛
女将のダンナは「惣菜管理士」というあまり知られていない資格を持っている、 ただのサラリーマン。とにかく大の料理好き!・・で、このお店を間借りさせて あげることにしました。 名づけて「ダンナの居場所・・居酒屋のおやじを夢見て」。 これからも色々な素材を取り上げていきますのでお立ち寄りください。*この記事は1998~2005年に書かれています
大学時代、運動部の合宿所に住んでいた。合宿ともなれば40人の団体生活。 朝食を作り、起床の号令をかけるのは一年生の仕事。眠い目をこすりながらまず味噌汁の鍋に火をつける。 ある朝の起床前、食事当番の同期が、「もっちゃん、はさみ貸して」と取りに来た。 何かおかしい!見にいくと、大量の砂糖を味噌汁に投入して首をひねっている。 その上、菜ばしで鍋から、長~いわかめをつまみあげ、はさみでチョキチョキ切り出した。 「もしかして、塩蔵のわかめ切らないで入れたわけ?」「うん、しかも塩を洗うなんて知らなかった!」 運動部は我慢の連続。先輩からの不条理な仕打ちに黙って耐えることも多いが、 上級生になっても、毎年一年生の作るスゴイ食事を文句も言わずに食べることも学ぶ。
● ● ● ● 若布のうまさの秘密 ● ● ● ●
若布の真髄は、歯応えにある。中でも、赤褐色の生若布にさっと湯通しした若布の食感は抜群だ。 魚売り場で、刺身若布なんて書いてあるのを見つけると堪らず買ってきて山葵醤油で「シャキカリ」 食べる。鳴門の灰干若布もこれに近い。黒々としたやつを口に放り込む瞬間は涙ものだ。 また、葉の中央に走る茎や中肋のところは、コリカリして乙な感じだし、めかぶの「ネバトロ」は止められない。 「ネバトロ」というより、「ズルズル」食べる。これがうまい。
一方、残った味噌汁の中でゆっくりふやけた若布の食感もまた良い。 「ネントロリ」という感じで舌の上を滑りながら溶けていく。邪道かも知れないが、こういう若布もまたうまい。 「シャキカリ」を楽しむためには、過度の加熱は禁物だが、熱が入って緑色に変わる瞬間が、 若布のうまさと香りを感じるには最も良い。しかし、若布の味とはどう表現したら良いのであろう。 微妙なうま味と甘味、微かな苦味か、他の似た食べ物に例えるだけの特徴はない。 藻類全般に言えることだが、慎ましく上品なうまさとでも言えようか。それだけに出汁や醤油との相性が良いのだろう。
● ● ● ● 若布の料理 ● ● ● ●
若布といえば味噌汁、うどん、スープなど汁物の利用が圧倒的に多いだろう。 「明日の味噌汁は何にしよう。」こんな時、「わかめ」と「豆腐」があれば、ぐっすり眠れる。 焼肉屋といえば、何故か「わかめスープ」だが、これも絶品だ。乾燥わかめの一番おいしい料理は、この「わかめスープ 」ではないか。 サラダもうまい。和風ドレッシングが、ここまでメジャーになれた最大の功績者は「わかめ」だろう。 今流行の甘めの和風味とも合うし、ゆずや紫蘇の香りとすんなり馴染む。ごま油とはおいしさの相乗効果を 発揮する。わかめといえば、昔から「酢の物」だが、この料理、最近の日本の食文化の中では、 「和風サラダ」に名前を変えてしまったのかも知れない。
■■■ 家庭でもほんとにおいしい、若布アレコレ ■■■
灰干若布はうまいが、手間がかかる。真っ黒な灰が洗っても洗ってもたまる。 しかし、この苦労と交換に、本当のうまさが、手に入る。 また、葉の中央の中肋は取り除いて別に使う手間も大切。 中肋とは風にはためく万国旗を結ぶロープみたいなやつで、広げて見るとすぐわかる。 食感が命の若布料理において、異なる食感の部位は別々に楽しみたい。 これは塩蔵若布にも共通するポイント。この中肋だけを酢の物で食べる乙な一品。 「若布のコリカリ酢の物」
中肋は適当な長さに切り、蛇腹に包丁を入れ、砂糖・塩でもんだ胡瓜、さっと湯通ししたえのき茸と合わせる。 酢、砂糖、ほんの微量の薄口醤油で「コリカリ」食べる。 ごま油と塩だけで和えてもうまい。
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若布、鶏卵、出汁の組み合わせも抜群においしい。 わかめのたっぷり入ったふっくらオムレツや入り卵もうまい。 茶碗蒸のような柔らかくて滑らかな「若布の玉子とじ」。 酢の物やサラダも良いが、煮物の素材としての若布の上手さを実感できる。
たっぷりの若布と季節の筍、筍は穂先や姫皮のやわらかいところが良い。 茶碗蒸風によく溶いた玉子を入れて混ぜ、蓋をして、ごくごく弱火でふっくら蒸す。 鍋に湯を張り、ステンレスのボールに材料を入れて、弱火でゆっくり湯煎しても良い。 じっくりと玉子に火が入るほどに、ふっくらと柔らかく、香り高く仕上がる。
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初夏からの季節に最高の味噌汁を一品。 素材は一切加熱しない冷たい味噌汁。 しゃきっと眼が覚め、食欲が蘇る「わかめとトマトの冷たい味噌汁」 加熱しない味噌には、たんぱく質を分解する働きが強いから、焼肉にビールの後でも爽やか。 もちろん、こっそり、ご飯にかけて食べてもうまい。
出汁を作って冷蔵庫で冷ましておく。時間がない時は、鍋で湯を沸かし、 火を止めて「ほんだしかつおだし」を入れ、別の容器に移して氷を投入。 この冷たい出汁で味噌を溶く。味噌は好みのもので。(が、信州白味噌が良いと思う。) 冷たいまま飲むので、味噌漉しかステンの細かいザルで、必ず味噌は濾す。 これに、わかめとザク切りのトマトを入れる。薬味には茗荷の小口切りが合う。
旦那の居場所、今回は「若布(わかめ)」のおいしさについてでした。 先日、女将の仕入で波佐見から伊万里に抜けた折り、呼子まで足を伸ばした。 漁港では、おばさんが採ったばかりのわかめをたくさん籠に入れている。 根をちょんと切り落とし、芽かぶをポンと切り分ける。その度に潮の香りがぷんとして、 赤褐色の若布がお日様に透き通る。「咲良、あれがわかめだよ」 娘にはわからない様子だったが、長閑で豊かな海の光景を肌で感じてくれたらそれで良い。 娘が大好きな「芽かぶとろろ」はわかめの茎にできる、ひだひだの胞子葉。 この中に出来た胞子が海中を漂い、やがて岩などに辿り着いて発芽する。 ゆらゆらと海底に漂いながら、何を考えながら成長するのだろうか。 深部に届く太陽の光に葉を広げ、かぼそい緑色光で光合成を営む若布。 なんとも可愛い奴が日本の近海にいてくれたものだ。 この若布、北海道以南の殆どの日本沿岸に産し、日本人は古くから食用としてきました。 しかも、ヨード、カルシウム、鉄に富む海の恵み。それでいて、何故か、主張を抑えた 慎ましやかな、主役になれない素材。 でも、こんなに長いこと、日本人に愛され親しまれる若布、ほんと若布の魅力とは不思議なものです。
(00年4月 copywright hiroharu motohashi)