旦那の居場所第14回 豆腐礼賛
女将のダンナは「惣菜管理士」というあまり知られていない資格を持っている、 ただのサラリーマン。とにかく大の料理好き!・・で、このお店を間借りさせて あげることにしました。 名づけて「ダンナの居場所・・居酒屋のおやじを夢見て」。 これからも色々な素材を取り上げていきますのでお立ち寄りください。*この記事は1998~2005年に書かれています
子供時代、一番嫌いな「おつかい」は、豆腐だった。 理由の1つは、店頭にものがないこと。「絹ごし」、「油揚げ」キチンと 名前を言えないと買えない。指差し発注のできない唯一の店だった。 理由の2つは、独特の店の雰囲気だ。店内はいつも濡れている。大豆の蒸れる臭い。 油のにおい。時々バーナーで豆腐に焼き目をつけている凄まじい光景に 出会う時だってある。 理由の3つは、包装のいい加減さ。水の中で、プラ容器に豆腐をすくいとり 紙をのせて、ビニールかなんかでくるんで渡される。 うっかりすると、家に着くまでに下半身が水浸し。 商店街が消え行く中で、思えば真っ先に、「豆腐やさん」が減っていった。
● ● ● ● 「豆腐美味いかな」 ● ● ● ●
豆腐のうまさ。 まず、温度。豆腐の熱への順応性と保温力は素晴らしい。 氷の様な冷たさ、室温の表情の豊かさ、食道で感じるアツアツ。全温度帯対応のうまさ。 次に食感、絹ごしのやさしさ、木綿の力強さ、ボロっ崩れたり、サッと溶けたり、しばらく舌の 上で味わっていると、口から鼻へ独特の香りが伝わってくる。 味はといえば、ぱっと真っ先に感じる甘さ、次にエグ味か苦味か。最後は、また奥深いコクのある甘さ。 独特のエグ味故に、大豆そのものは、そう一度にたくさん食べられない。 故に、大豆は主食になれない運命に生まれた。しかも、種子が固くそのままではおいしくない。 だから、長い年月をかけて工夫され、おいしく栄養価の高い食品として発達したのが、豆腐なのだと思う。
● ● ● ● 「豆腐百珍」 ● ● ● ●
旦那の生家の界隈では、「五右衛門」「細雪」など、豆腐料理の老舗がある。 我が国には「豆腐百珍」なるロングセラーもあり、豆腐のおいしい食べ方は無数にある。 しかし、不思議なもので、豆腐の好きな食べ方はと聞かれたら、 1に奴、2に湯豆腐、それ以降は「う~ん?」となってしまう。 理由は、やはり、豆腐本来の、香り、食感、味が楽しめるからだろう。 蝉の声を聞きながら、縁側で食べる「冷奴」。 真夏でも何故か日本酒で、「冷奴」がたまらない。 鮮度の良い醤油と少しのひねしょうがが相性だ。 わさびや七味、柚子胡椒、しその実や、山葵のかす漬けなども良い。 もちろん、何もつけずに、何も添えずに。もうまい。 「冷奴」を凌ぐ豆腐のうまい食べ方はない。
■■■家庭でもほんとにおいしい、豆腐アレコレ ■■■
自家製のドレッシングをさっとかけて。 豆腐を夏野菜と夏薬味で食べる。 ざっと簡単に作るのも良いが、少し手間をかけると、 抜群にうまい。よく冷やした白ワインとの相性は抜群。 「豆腐と夏野菜のサラダ」
「豆腐と夏野菜のサラダ」
茄子は皮をむき、色止めしながら茹でる。スナックえんどうや胡瓜、 アスパラ、たまねぎなども、食感を活かしてさっとボイル。 それらを薄めの出汁につけて冷やす。 豆腐は好みの大きさに切り、味噌を塗って冷蔵庫で冷やす。 食べる直前に豆腐の味噌を出汁でサッと洗って盛り付け。 よく冷やした完熟トマトを添え、みょうが、青しそ、刻みのりなど散らす。 ドレッシングは、しょうが、にんにく、玉ねぎ、みょうが、青しそ、 バジルの葉、塩、胡椒、からし、酢、グレープシードオイルをプロセッサーで攪拌。
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冷酒にあう「夏の豆腐のつまみ2品」。 加熱は不要。しかし、冷蔵庫で2~3日かかる。 チーズというかなんというか、でもどこかで食べたことがある様な・・。 遠く中国まで旅して、豆腐のルーツを訪ねたら、こんな2品があるに違いない。 休日は朝から、「今日こそは」と待ちわびる乙なつまみ。
「夏の豆腐のつまみ2品」
どちらの料理も少し甘味のある上等な「絹ごし」を使いたい。 豆腐は賽の目に切り、器に入れ、さっと振り塩。 グレープシードオイルで漬け込み、バジルを散らし冷蔵庫で。 2日目くらいから食べる。チーズのオイル漬けの様でもあるが、もう少し爽やか。
お次は、豆腐を一口大に切り、好みの味噌にすっぽり漬け込む。 ラップに味噌を塗り、豆腐を置き風呂敷き包みが便利。 3日~1週間位楽しめる。熟成が進むにつれ、表情が変わる。 使命を果たした味噌も味噌汁で無駄無く使える。
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赤坂 四川飯店の名人に、陳麻婆豆腐の作り方を伝授して 頂いたことがある。 調味料の使いこなし、加熱の仕方、油の隠し技。 中国料理が、科学的で、システマチックな料理で あることを、改めて実感する。 それをベースに家庭でも簡単に出来る「四川麻婆豆腐」 これをやる時はいつもより多めにビールを冷やしておく。 アツアツのご飯にかければ、夏バテは消え失せる。 「麻」とは舌がしびれる辛さのこと。中国山椒の辛さで新陳代謝は活発に。
「四川麻婆豆腐」
弱火でにんにく、ねぎのみじん切り、豚挽肉を油が透き通るまでよく炒める。 甜麺醤で味付け、別皿にとっておく。(これだけでもメシが2~3杯はペロッと食べれる。) 絹ごしは1cmの角切り、別鍋に湯を沸かし、塩少々で茹でる。 中華鍋に、油、豆板醤を入れ、香りを引き出し、合わせ調味料、炒めた挽肉、 水を切ったボイル豆腐、ねぎを入れて、強火で煮る。水溶き片栗粉で トロミをつけ、最後に鍋肌から、保温と香りのためのごま油をまわしかける。 好みで中国山椒をたっぷりかける。 (合わせ調味料)刻み豆鼓または豆鼓醤、甜麺醤、醤油、紹興酒、ガラスープ、好みで砂糖 (子供向け)豆板醤、豆鼓、中国山椒は使わず、合わせ調味料にトマト1個分を入れる。
旦那の居場所、今回は「夏の豆腐」のおいしさについてでした。 「豆腐」と「納豆」という漢字は、あべこべではないか?以前から思っている疑問。 「キリギリス」「こおろぎ」がいつの間にか入れ替わった様な具合で。 納豆は見た目も匂いも、いかにも「豆が腐っった」という感じ。一方、あの豆腐の品良さ、乳白色の瑞々しさ。 正に「豆を納める」というにふさわしい。 これと同じようなことを、最近、渡辺淳一氏がエッセイの中で書いていたのを読んだので、 同じようなことを感じている方は多いのではないか。 「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ」 百人一首でもお馴染みの崇徳院の歌。寒天などで固めに作った豆腐を縦長に細切りにし、滝川の流れに 見立てて、冷たい出汁を張って食べる「滝川豆腐」 たおやかで、品の良い、涼味あふれる「夏の豆腐」の逸品。 それにしても「夏の豆腐」を食べながら、まだ明るいうちから、冷酒をちびちび。 もうそれだけで、「人生最高の贅沢だ」なんて、思ってしまうからホント 「夏の豆腐」の魅力とは不思議なものです。
(99年8月 copywright hiroharu motohashi)